『言い換えれば
ほんとうの自分自身を知るには
何がほんとうの自分でないか
を知るほかない』
過去におかした過ちは
本当の自分を知るための体験
だったかもしれませんね
誰しもひとつやふたつ
思い出したくない過去の自分が
あることでしょう
でも
それも本当の自分を知るための
体験だとしたら?
そう、自分をよく知るための
体験だったのですね
プロセスなのです
真実を知ったなら
過去の自分を赦しましょう
「手愛手」
「どうし」が つどう そら(時空)
「同志」=同じ志し
「同師」=同じ師の基で
「同仕」=同じように使える
「神との対話」より得た気づきを
書籍にしてまとめております
みなさんの気づきのうながしになれば
幸いです
ワンネスの杜
自分がやりたいことを実現させていきます